「プロポーズ」

江戸時代の天才絵師、伊藤若冲(じゃくちゅう)という名前を聞いたことがあるだろうか。

昨年、生誕300年を記念して上野の東京都美術館で行われた「若冲展」は大盛況だった。同じ頃、NHKでも若冲の特集番組があり、私の目は天才の作品に釘付けになった。

 

日本経済新聞、今年3人目の「私の履歴書」はジョー・プライス。

伊藤若冲の最大の個人コレクター。金にものを言わせて日本人絵師の作品を買い集めたに違いないと若干の敵愾心を抱きながら、毎日欠かさずに読んだ。面白い物語だ。

父親が石油会社のオーナーだから、間違いなく超リッチだ。彼は若い時に古物商を尋ねたときに、目に留まった若冲の作品を購入している。これが最初のコレクションとなった。

1963年に初来日。京都で雇った通訳の日本人女性がエツコさん。教養のある女性だという印象を持ったらしい。横断歩道を渡るときに、アメリカ人には自然な振る舞いだが、ジョーが何気なくエツコさんの腕を取ると、“Don’t touch my body ! ”と一喝されて面食らう。

 

そういえば、私は昨年の夏くらいまではベッキーのファンだった。彼女を気に入ったきっかけは数年前のバラエティ番組でお笑い芸人が彼女の肩にふざけて手をかけた瞬間、“Don’t touch me ! ”と毅然とした態度を取ったのを観たときだ。かっこいい子だと思った。でも芸能界は魔物が住むところなのだろう。ベッキーを成長させたようだ。

 

さて1964年の東京五輪観戦でジョーは家族とともに再び来日。そこでエツコさんに通訳ガイドを依頼する。

すっかり打ち解けた頃合いを見計らい、ジョーは口説く。「僕の帆船で世界一周の旅に出ませんか?」事実上のプロポーズだ。

当惑したエツコさんの返事は、「航海に役立てるかはわからないけど、あなたの髪くらいなら切ってあげます。」ジョーは小躍りした。男は嬉しくなる。

ところが彼のヨットが南太平洋で座礁して修理不能という電報を受け取る。悲嘆にくれるジョーにエツコさんは「これから私があなたの船になってさしあげます」と慰める。男は嬉しくなる。

 

翌1965年の来日のときに、「一緒にオクラホマに来てほしい」と正面から迫る。エツコさんの実家は猛反対だったが、父親がそれらを制して背中を押してくれた。こうして、いまだにジョーの髪はエツコさんが切っているということだ。

 

エツコさんの発する言葉に教養の深さとセンスの良さを感じる。お互いに「相手の世界の住人になりたい」と思わなければプロポーズは成功しない。

プロポーズは、まさに自分のビジョンに愛する人を引き寄せることだ。まだプロポーズのチャンスがある人は果敢に練習してほしい。成功するまでやる。感化する力は本当に磨いた方が良い。

 

私はこの原稿を長女の入籍の日に書いている。どうやら娘の彼氏のプロポーズは成功したようだ。

 

リソースⅡトレーナー 田近秀敏